思い出は美化されるのか

皆様こんにちは、Go-manです。何も考えずにIDもこのブログのタイトルもつけたのですが、ちょっと軽率だったかなと勝手に恥ずかしくなっています。笑

本日は、今日の帰りにふと思った、「思い出は美化される」が本当なのかどうか自分の考えを書いていきたいと思います。

「思い出は美化される」というのは本当なのか

いきなり本題ですが、思い出は本当に美化されるんでしょうか。皆さんも出会いと別れを経験していれば、私と似たようなことを考えたこともあるのではないでしょうか。

今日(というより昨日)、久しぶりに前妻との夢を見ました。別れてから一週間経つくらいで一回見ただけで、それっきり見なかったのですが、何のきっかけもなく、突然夢に出てきました。当然、朝起きてもその夢を見たことは覚えていました。

不思議なのは、夢で見た場面は私の隣でずっと笑顔の前妻でした。場所まで覚えていないのですが、私が好きだった前妻の笑顔だけが目立つ、様々なことを思い出させるような夢でした。(朝の出勤前に少しだけ涙を流してしまいました・・・)

それから今日は一日中、その夢が頭から離れなくて、仕事中なのにも関わらず、ずっと前妻との日々を思い出してしまいました(と、自分で何を耽っているんだと、自虐的に気持ち悪くもなるのですが)。

その帰りにふと思ったのが、その思い出の中にはマイナスのものが無かったんですよね。これが自分の中で、「思い出は美化される」ということなんだなと実感したのですが、ただ果たして本当に美化されていたのかな、とも思ったんです。

美化されない思い出

男は失って初めてその大切さに気付く、女性は失ってみて意外とそんなに大切ではなかったかと思う。

誰かが言っていた言葉です。おそらくその通りなのだなと思う一方で、こう言う感情があるから思い出が美化されているのかなと言えば、少し違うのかなとも思います。

うまく言葉にはできないのですが、自分の中の思い出は間違いなくその時の記憶のままではあると思うのです。一緒にいった旅行、特に最初は付き合ってすぐにヨーロッパ(オーストリアやドイツ)に行きました。とても寒い日でしたが、何もかもが楽しかったです。エアビーで安く宿を済ませて、朝からビールを飲んで・・・と、書いていてもやはり楽しかったなと思うことばかりです。

もちろん、離婚する際は、それは決して良い思い出ではありません。でも、むしろそれは思い出は美化できないということなのではないかと思います。

記憶にずっと残るものが思い出であると定義するならば、少なくとも私の思い出には美化できないものがたくさんあります(当然かもしれませんが)。

前に進むために

結局自分でも何が言いたいのかわからなくなってしまったのですが、思い出は美化される、というより、良い思い出は永遠に残るということなんだと思います。よく人間の脳は必要のないこと、自分に都合の悪いことは忘れるようにできている、などとも言われますが、つまりは良い思い出は残りづづけるから美化されたように感じるのだと思います。

私は再婚を目指して、まずはマッチングアプリなどでアクションを起こしていくつもりですが、この思い出たちが今後、どう邪魔をしてくるのか、または助けてくれるのかはわかりません。ただ、前に進んでいくしかないのだと思っています。もちろん、この「良い記憶」はこれからどんな人と会っても、消えるものではないと思います。その時に自分がどう思うかはもちろんわかりませんが、気持ちを整理するためにブログに残しました。

次はマッチングアプリの活動記録など書いていこうと思います。今日の記事も全く面白いものではないですが、引き続き暖かい目で見守ってください。ではでは。

再婚に向けて

はじめに

皆さん初めまして、Go-manです。

これが初めてのブログになるのですが、その割にタイトルはかなりヘビーです(笑)

ブログを始めるきっかけにもなっていますが、昨年11月頃に離婚を経験しました。

相手は同じ職場で出会った人で、2年ほどお付き合いをした後、1年ほど婚姻関係にありました。

正直、あまり立ち直れる気がしなかったのですが、最近になってやっと心に余裕ができてきたので、自分が再婚に向けてどのように活動したのか、ひとつは自分への忘備録として、もうひとつは自分の行動履歴が誰かの一助になったら良いな、という傲慢な考えで書いております。

体裁など拙い部分もあると思いますが、どうか暇なときに見てやって下さい。

 

結婚~離婚まで

最初に自分の過去の話をします。

上述の通り、前妻は同じ職場で出会い、合計で3年ほど、一緒にいました。

付き合って比較的早い段階で同棲を始めたので、文字通りほぼ3年、一緒にいたことになります。

当時の私は相当に舞い上がっていました。というのも、職場内でも美人と評判であった前妻と付き合い、結婚までできたからです。

ただ、今振り返ってみると、それによって甘えができていたのだと思います。

ことの発端は、私が過去に会社の同僚とクラブに行っていたことが前妻にばれたことです。私自身、前妻がそういう場所は好きではないと知っていたので、正直に行ったことを伝えていませんでした。しかし、それがどこかで前妻の耳に入ったようです。

その時は正直、狼狽えながらに謝りました。最終的には許してはくれたものの、禍根が残っていたと思います(当然ですよね)。

その上、仕事柄海外出張が多く、その時期はほとんど一緒の時間を過ごせませんでした。そして海外出張から帰って間もなく、別れを告げられたのです。

離婚を切り出された時は、特に引き留めもしませんでした。それ以上に、私が引き留めるのはさすがに違う、と思ったのもあります。相手に幸せになって欲しいと願う中で、自分といることはそうではないというのも痛感していました。ですので、あとは流れるがままに事務的な手続きも含めて、進んでいったという形です。

離婚してから

正直、離婚をしてからはあまり何も手につきませんでした。会社の先輩など一部の人には離婚の話を伝えていて、何も変わらないね、と言ってくれていますが、表面上そう見せていただけという自覚もあります。

変な話です。自分の責任なのだから、何を被害者ぶっているのかと自分でも思います。ただ言いたいのは、被害者面をしたいのではなく、本当に後悔しているというのが、今抱えている本音です。もちろん、後悔するくらいならそんなところに行くな、という話なのですが。

海外出張を理由に二人の時間を作らなかったことも後悔しています。まさに、「結婚」というものの上に胡坐をかいていたのだと思います。この人は自分のもとを去らないと、根拠もなく決めつけていたのだと思います。

再婚に向けて

前置きがかなり長くなりましたが、これからは再婚に向けて動き出そうと思っています。人によっては、いわゆる謹慎期間が短い、という方もいらっしゃるかもしれません。

ただ、自分なりに色々考えた結果、やはり行動することでしか、自分を前に進めることはできないのだと思うようになりました。これは次回以降のブログで詳しく書こうと思いますが、自分が何をしなくとも時間は過ぎていくのだと、強く感じたというのが一番の理由です。

まずはアプリや街コンのような場所を活用して、出会いを探していこうと思います。
おすすめがあればぜひ、ご紹介ください。ではまた次のブログで・・・